.DS_Store

漫画の感想とかをひたすら書いていくブログです。

「この漫画が始まった!2018」

はじめに

ご無沙汰しております。先日予言した通りまだ読み終わっておりません(20:11現在)。実家に親指シフトキーボートを持って帰り忘れたためにタイピングスピードも落ちていてえらいこっちゃ。

とりあえず書ける範囲で書いていって、年明けに追記していきますね。

おことわり

最近は出版不況もあいまって新雑誌っちゅうのはどんどんなくなっており、そのくせ有能編集者はどんどん社内で出世していったり独立したりしていくので、その受け皿としてアプリやwebでのマンガ新連載が激増しています。

それらの中には当然雑誌の新連載よりも抜きんでて素晴らしいものや、大ヒットを記録するであろう漫画もあるのですが、本記事では対象としていません。

理由? 読み切れねえからに決まってんだろ! 雨後の筍みたいにポコポコポコポコアプリ作ってんじゃねえこのやろう!

ルール

ルールは一昨年ベースに戻しました。コミックリュウはwebに移行したため対象から外れています。読み放題サービスあると偏りますね。

週刊少年ジャンプ

アクタージュ-act-age-(マツキタツヤ、宇佐崎しろ)

職業漫画はいつの時代も一定の人気のあるジャンルですが、ファンタジーバトル・スポーツ・ラブコメなどが王道ジャンルとされている少年誌で成功するのは中々難しい。職業モノは登場人物に大人が増えやすいため、メインターゲットの若年層に訴求しづらいなどど言われています(そう考えると「め組の大吾週刊少年サンデー)」の曽田正人はやっぱり天才だなぁ)が、本作は去年の「ランウェイで笑って(週刊少年マガジン)」と同じく、主人公が高校生であっても違和感のない「芸能界」をチョイスしてこれを回避。年齢による壁を乗り越えようとします。

またジャンプでは「女主人公モノは打ち切られやすい」というジンクスがあると言われています(「シャーマンキング」がこのジンクスを気にして主人公をアンナから葉に変更したなどと言われている)。これも「メインターゲットの少年にとって女性主人公は感情移入しづらいため」などと言われていますが、本作は主人公たる女優・夜凪景に対して、彼女を導く存在である監督の黒山墨字をクローズアップすることで感情移入の対象を増やして対応を図ったようです。

結果、「大人の男」(しかもゲスで性格の悪い天才肌)の墨字、「女子高校生」(しかも通常の感性や常識を持たない天才肌)の景、どちらにも感情移入されないまま本作の人気は低空飛行。一時は打ち切り水域までいったかと囁かれました。

しかし打ち切りは水物。本作は感情移入先こそ不明瞭なままでしたが、登場人物の掘り下げと表現力、演出力は新人とは思えないほど確かなもので、景の天才肌ゆえのとぼけたキャラの魅力を引き出しています。この丁寧な仕事が効いたのか危険なタイミングを脱すると、これまでコツコツと作り続けて脇を固めてきたサイドの凡人たちが感情移入の受け皿となっていくようになりました。「めだかボックス」のように主人公を感情移入の対象としてではなく、檻の中の動物のように「観察対象」としてラベリングしなおすことに成功したわけです。

「めだか」と大きく異なるのは、球磨川禊のような絶対的存在はなくともそれぞれのキャラクターがきちんと魅力を発揮しているところでしょうか。キチンと群像劇になっています。

チェンソーマン(藤本タツキ

年末にかなり面白い漫画が始まって、聞いたことないから「新人かな?」と思っていたんですが、ジャンプ+で既に成功した漫画家だったんですね。やはり時代はアプリなのか……老害は消え行くのみですね。

それはともかく本作は、最近流行りのグロテスクなスプラッタ描写をふんだんに使いつつ、主人公が覚醒しそうなタイミングで覚醒せずに敗北したり、優しく包摂されそうな流れであっさり冷酷に突き離されたりと、要所要所のポイントでマンガのテンプレを意図的にずらす組み立てになっています。

「呪術廻戦」で虎杖が一回死んだときとかもそうなんですけど、最近は読者の目が肥えてきているのか、単にテンプレ外すだけじゃもうダメで、テンプレっぽさを演出しながら最後の最後で肩透かしを食らわすような、当の主人公たちに「え? 俺ここで死ぬの? これ完全に覚醒する流れだったじゃん」と思わせるような裏切り方をするのが流行りなんですよね。本作の作者はきっとそれに感覚的に長けているのだと思います。本作は話の筋は言ってしまえばありきたりなのに読後感がとても新鮮に感じられるのですが、それはこの話の組み立て方と、それを可能にする特異なキャラクター造形にあるように思います(本作、3話時点でまだ一般的な良識を持った人が登場していません)。

問題は、生き残り競争の激しいジャンプでやっていけるのか? ですが、まあ、こればっかりは読めません。個人的には同期の残り2作が厳しいので本作は大丈夫かなーと思っています。

ヤングジャンプ

ドロ刑(福田秀)

もうドラマ化してしまうほど成功した本作も実は今年の作品。いやー始まったときからこれは人気出るぞーと思ってたんだけどなーこれじゃあ後出しジャンケンみたいだなー(棒読み)

なんといってもキャラ作りが上手くて読みやすい。主要人物にアクのあるキャラクターがほとんどいないので、当たりやすい、アベレージを出しやすい漫画の作りをしています。作者が新人とは思えないぐらい洗練された作り。

正直今連載中の警察漫画だったら「ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜(モーニング)」の方が好きなのですが*1、向こうはコメディ、こっちは刑事アクションということでジャンル違いなので、あまり比べても失礼ですね。

週刊少年サンデー

蒼穹のアリアドネ八木教広

今時珍しいぐらいのド直球ファンタジー。ストーリーはある意味ありきたりですが、八木先生慣れてますね。暗いバックボーンをさらりと流して軽快な読み口は読者を飽きさせない。

本作イチオシのポイントはサブヒロインのルルロラちゃんです。主人公である少年ラシルの幼馴染で、ラシルのことを一際慕っていた……はずのルルロラちゃんですが、作中では記憶を失い、弱肉強食の価値観を叩き込まれ、ラシルに対して殺意と敵意を剥き出しにして襲い掛かってきます。

そっからなんやかんやあって仲間になるのですが、失った記憶は元に戻らず、しかし身体は大好きなラシルお兄ちゃんを覚えていたので、お兄ちゃんになでなでされたり優しい言葉をかけられるたびに、ルルロラちゃんは謎の発熱と動悸に見舞われるようになってしまいます。あわれルルロラちゃんは、ラシルの怪しげな「接触攻撃」に常に脅かされるようになってしまったわけです。

ルルロラちゃんはラシルに対して照れ隠しと同じタイミングで暴力を奮うことになりましたが、その暴力はその実照れ隠しではなく、純粋な恐怖と違和感によるもの。恋を知らないが故に動悸や発熱を攻撃と勘違いする……というシチュエーション自体は古今東西ないわけでもないですが、ルルロラちゃんにとっては、ラシルは基本的には兄を名乗る怪しい存在。恋の芽生えるほどの時間を共にしたわけでもなく、見た目がタイプなわけでもない。恋である理由がないのですから、もしこれが恋であったとしたら、それこそ超常的な力による「攻撃」の可能性があります。故に恋心を否定するのは単なる無知や照れ隠しを越えた純粋な論理。

ここに新ジャンル「記憶喪しツンデレ」が爆誕しました。かわいい。

メメシス柳生卓哉

メメシスは1話のインパクトが凄まじく、ある意味で究極の出オチ漫画だった(逆に言うと読切としてはとてもよく出来ていた)のですが、2話以降も意外とその切れ味が落ちず、現在でも一定のクオリティを維持しています。基本的にはタイトルの示す通り、主人公であるアシュー・キジラたちの実力に見合わない女々しさ、器の小ささに焦点が当たるコメディですが、女々しさにも色々バリエーションあるんだなぁと感心します。

個人的に注目したいのは敵役となる魔物・魔王軍の造形で、単なるコメディの突っ込み役と言うにはおどろおどろしく、容赦ない残虐さが際立ちます。主人公たち以外の一般人はこれに為す術がありませんし、基本的にはやられたらそこでおしまいで、中々緊張感もあります。ここが単なるギャグやコメディと一線を画すところで、アシュー・キジラの実力の高さをきっちり描くことで、落差を維持し続けられることがこの漫画の核なのかもしれません。サンデーは最近コメディが強い(というかコメディだけが元気な)ので、そういう贔屓目もあるかもしれませんが。

妹りれき(西村啓

スマホ同期で個人情報(検索履歴)をだだ漏れにする現代に警鐘を鳴らす問題作(嘘)。こういうの完全に発想の勝利ですよね。

ここ5年ぐらいで検索サイトのサジェストで「嫌い」や「怖い」「遅い」などの感想系キーワードが出るようになった気はしていたんですよね。まだ検索エンジンの能力がこれほど優秀じゃなかったころは(これマウンティングじゃないですよ)、そもそも検索キーワードに文章や文節を仕込むのはよくなくて、ピンポイントに単語単語を区切ったり言い変えたり、そういうノウハウが必要だった記憶がありますが、今やあいまいなキーワードを投げても正しい意図を類推してくれるまでになったグーグル先生を使いこなすには、単語の質にこだわるよりもぼんやりとした意図の類推しやすい言葉を使うほうがよいのかもしれません。それでも(SNSならまだしも)グーグルで感想を検索するのはよく分からないですけど……。

妹の露出がほぼほぼ検索履歴のみ(作中で喋ったことがまだ片手で数えられるぐらいしかない)なのも、「わかるー。ついこういうの調べちゃうよねーあるあるー」という層と、「えー、こんなこと調べたりするの。何考えてんだ分からん……」という層の両方が入りやすくなっていてよいなと思います。

中身も良くも悪くもサンデーらしさがあってよいと思います。コメディの軸足はぶらさず、兄にも妹にも互いに過度な愛情や感情を抱かせることなく、思春期入った兄妹のほほえましいディスコミュニケーションが等身大になっていて高品質。悪く言えばアクがなくて、無味乾燥。こういう普通の作品が大量の作品の波の中に埋もれていって人知れず消えていくようになった結果が今のサンデー凋落の決定的原因なんだよなぁ……。

週刊少年マガジン

オリエント(大高忍

オリエントはいいぞ。

すもももももも」「マギ」と2発当ててもはや大御所、何を描いてもそこそこ売れてしまう存在となった大高先生ですが、本作も前作には劣りません。本作は「鬼」なる化物が支配した世界を取り戻すべく戦う「武士」の物語、つまり日本の戦国時代をモチーフにしたオリジナルファンタジーですが、そこで立ちはだかる問題は我々が身近で経験することそのもの。

たとえば、主人公である武蔵は仲間から笑われ迫害されることを恐れて、自分の夢である「武士」について語ることが出来ませんし、友人である小次郎は武蔵の真っ直ぐな夢に引け目を感じて己に対する自信を消失しています。途中から仲間に加わったつぐみはかつて別の武士団に所属していましたが、そこの棟梁は恐喝や暴力的手段で部下を高圧的にコントロールする、今で言うところのモラハラ上司・毒親でした。

世界が変わっても、青少年の心の闇は同じだという直接すぎるほどに強いメッセージ。現代社会では簡単に行かないことでも、ファンタジーならではの語り口の中から見える希望(例えば現実には同調圧力社会は鬼によって壊滅しないし、毒親を殴ったら傷害罪になりますね)。「マギ」でも大体そういう感じでしたが、大高忍はファンタジー世界に青少年の抱える悩みや問題を織り込む天才です。だからこそ彼女の描く漫画は全て少年漫画の王道だし、常にそうあり続けて欲しいと願ってやみません。

ヤングマガジン

ギャルと恐竜(森もり子、トミムラコタ)

恐竜飼う漫画というと「恐竜の飼いかた(コミックリュウweb)」という先輩がいるわけですが、本作との違いは正直そんなに大きくはないです。恐竜、というファンタジーの存在が違和感なく受容されていて、そのために作品全体に漂うどこかのんびりとした空気。恐竜を現代人が飼う、ということにすると設定上どうしても無理が生じる部分が多いので、そこらへんを誤魔化すには設定からぐだぐだにしていくしかないのでしょうかね。

いや、むしろ「恐竜を飼う」ことへのリアルさは本作の方が小さい。恐竜とは言うものの、箸で飯を食うわ合鍵使ってギャルの元カレとトランプして遊ぶわ、お前実は着ぐるみ着た人間だろ、と言いたくなるシーンの多いこと多いこと。いや実際、本作における恐竜は外国人であったとしても何ら違和感なさそうです。異分子を簡単に包摂してしまう「ギャル」という存在と、異文化社会でゆるりと生き抜ける「異邦人=恐竜」とのマリアージュ

本作で特筆すべきはこういう漫画がヤンマガに載っているということでしょう。「みなみけ」の例はありますが、もし主人公がギャルだというだけでヤンマガ読者層に受容されたのだとしたら、それマジあげぽよ〜って感じですね(古い)
僕もギャルに受容されたい

アフタヌーン

天国大魔境(石黒正数

本作は既に「このマンガがすごい!2019」オトコ編1位を獲得しており、ここで紹介するまでもないのですが、私から一言言わせていただきたいのは、本作はTSFモノとして良作ということです。

メジャー誌でTSFというと僕はまだ「ボクガールヤングジャンプ)」の印象が強いのですが、本作は「ボクガール」のようにTSFがメインではなく、いわゆる近未来のディストピアもの。「少女終末旅行くらげバンチ)」のように終わった世界を旅するパートと、その世界のどこかに存在する?(そもそも同じ時代なのか?)と思われるユートピア的施設のパートを交互に描いています。その具体的なところをくだくだ書いたりはしませんが、旅パートに登場する「お姉ちゃん」の出自が衝撃的なのにも関わらず、石黒正数の淡々とした語り口によって語られることによって、TSFとしてのエキセントリックさは極端なまでに抑制され、あたかもよくある普通の日常的異常であるかのように物語の中に消化されてしまいました。これを「LGBTに対する世間の目が……」などと読むことも出来るでしょうが、僕としてはもっと単純に、「抑制的にTSFが表現されたからこそ、逆にそのエロスが芳醇な香りを伴って放出されるようになった」と感じます。

回りくどい言い方になって恐縮なのですが、石黒正数作品に登場する女性って、肌を露出したりとか性的アピールがまるでないのにどこかエロいんですよね。下品な物言いになりますが、どこかトイレの盗撮シーンのような、汚物箱の中のナプキンのような、本人が意識しない「生の性」が露出する瞬間みたいなものをよく抑えているんですよ。本作はそういう視点から、男性と女性の狭間であるTSFがガッツリと描かれているという点で、良作なのです。

それでは皆さん、よいお年を〜(もう遅い)

*1:ハコヅメは連載開始が2017年で、当時モーニング未購読のため、本ブログでは紹介されていません