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漫画の感想とかをひたすら書いていくブログです。

このマンガがはじまった! 2019

チキチキマンガレビュー速記レース!!!!!(12/31 13:17執筆開始)

正直、去年「スキップとローファー」を書き逃した時点でもはや意味を喪失している気もするんだよな……ショックがでかすぎる

大丈夫、今年は一年分の感想蓄積があるから何とかなるなる(願望)

ルール

いつもの奴。

  • 僕が読んだことのある雑誌掲載漫画の中から、今年に連載を開始したもので「アツい」「面白い」と判断したものをピックアップして紹介。(強調はイチオシ)
  • 対象雑誌は以下の通り。
  • 「今年」とは、連載としての初掲載が2019/1/1〜2019/12/31までであった作品である。
  • 読切は対象としない。読切から連載に昇格した場合、読切ではなく連載が始まった日を「連載開始」と定義する。
  • 短期集中連載からの昇格であったり以前に同様な連載が存在する続編などの場合、一番最初の連載の始まった日を「連載開始」と定義する。
  • なるべく多くの雑誌からくまなく選ぶ。
  • どれほど面白くて好きでアツくても、連載開始が2018年以前の漫画は対象としない。

書影があるもの(一部は未発売)はamazonのアフィリンク付きですが1巻の表紙をつけています。

週刊少年ジャンプ

「ミタマセキュ霊ティ」(鳩胸つるん)

ジャンプ、今年は不作……というほどでもないのかもしれませんが、年末改編の2作が個人的にあまりピンと来てないのもあり、今年はこの1作に留めておきます。年度区切り的には一応チェンソーが19年度扱いなのですけどね。

さて本作ですが、ジャンプギャグ漫画の正統派……とも言いきれない。もちろんギャグセンスは正統派そのもので非常に洗練されていますが、下ネタがほぼ完全にオミットされているところが一つの特徴です。作者は「剥き出しの白鳥」でのデビューですからNGということはないでしょう。あくまで、作品に合わない、ハゼレナという異常存在に合わせられないというだけで、下ネタなしがポリシーなわけではありません。そう、本作を決定づけるのは1にも2にもハゼレナという存在です。彼女がこのマンガの全てを変えてしまった。

当初のマンガは、謎の「セキュ霊ティ」なる霊媒師に霊媒体質の女子高生が付きまとわれ困る、という筋書だったはずでした。これはギャグマンガではよくあるプロットと言えます。ところが5話近辺、ハゼレナが異常行動によってミタマと読者を追いてけぼりにしていった頃から様子がおかしくなる。きっと作者も思ったのでしょう。「あれ、こっちの方がずっと面白いな」と。謎の存在(ミタマ)に対する読者の価値観を代表する常識人としての存在だったはずのハゼレナが、常識から考えられない行動をとり、ミタマを混乱させ、ツッコミを爆発させる。ツッコミの勢いの問題なのか、それとも単にミタマの持ちギャグがイマイチだったのか。いずれにせよ10話を越えないうちにボケとツッコミは逆転し、今となっては泣いて意識を失うことで覚醒するというミタマの設定は半ば有名無実化してしまいました。こういうドラスティックな方向転換ができるのも、ジャンプの連載システムのなせる技という感じがします。本作がレースを生き残ることができるかはまだ判然としていませんが、ハゼレナボケ回(幽子回、解説おじさん回など)が「SKET DANCE」におけるロマン回のように語られる日がくるやも、しれません。

ヤングジャンプ

「可愛そうにね、元気くん」(古宮海)

YJきっての性癖マンガ。「リョナマンガ」ではなくて「リョナラーマンガ」なのが一つの特徴で、世のリョナラー達を共感性羞恥の地獄に日々叩き込み続けています。元気くん、一応リョナ趣味の張本人のはずなのに、鷺沢さんといい弟くんといい、とにかくサディスティックに蔑まれ罵られる生活になっており、実に倒錯的です。まあ、SとMは紙一重ともいいますし。

「まくむすび」(保谷伸)

よくある部活モノ……の皮を被った創作沼ズブズブマンガ。演劇の部活モノという枠はギリギリ踏み越えない程度に収めてはいるものの、登場人物の中に時々混じる狂気を孕んだ劇薬のような存在は隠せない。例えるなら……そう、「アクタージュ」に出てきそうなタイプの人間と、普通の部活モノに出てきそうな人間とが一つの部活に集って活動しているのが、この「まくむすび」というマンガである。そして、主人公のむすびは、まさに「部活モノの一般人」から「アクタージュ的創作の奴隸」へのジョブチェンジを果たさんとしている。いや、ジョブチェンジというよりは、「本性を暴かれた」というほうが実際に近いのかもしれない。創作沼は「ハマりにいくもの」というよりも、「ハメられるもの」であるから……。

「ポチごっこ。」(アッチあい)

社畜がJKに面倒見てもらうシリーズ。言ってしまえばJKの姿に仮託して救いの言葉を並べ立てるような作品ではありましたが、それでも彼女たちが紡ぐ言葉は本当に真摯で、社畜だけでなくこの社会全体を救えるんじゃないかと思えるぐらい大事なメッセージが詰まっていてよかったんです。まあ、爆死したんですけどね……。

週刊少年サンデー

「水女神は今日も恋をするか?」(三簾真也)

既に打ち切りとなっている本作ですが、フユさんのサイコパス笑顔と共に僕の胸には深く刻まれています。

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もちろんそれだけではなく、悪人の存在しない(フユさん除く)ストレスフリーなラブコメ展開、誠実が服着て歩いてるような主人公・アシャなど、サンデーの鑑とも言えるラブコメであり続けた本作は、間違いなく編集部でも期待の連載だったろうと思います。確かにストーリーとしては予定調和的で、壮大なロマンスや大スペクタクルは発生しないのですけど、それだけでこれが人気を取れないのかと思うと、今の流行がサンデーに取っていかに厳しいものであるかを改めて感じざるをえません。そういう意味でも今年に象徴的な連載でした。

「ゆこさえ戦えば」(福井セイ

こちらもサンデーの真骨頂。ラブ? ですらひょっとしたらない、ライトなノリのコメディ作品。「バトル物のテンプレを外すギャグ」という基本コンセプトがあるため展開に困らない良さがあり、滑り出しは上々だったように思うのだが、最新号の掲載順がやや不穏。ギャグのクオリティは高い。というかゆこの天然っぷりが凄い。異常な天然ボケ人間自体は古今東西色んなマンガで見るけれど、サブとして味付けに使うか、周りに迷惑かけすぎてヘイトを買うかのどっちか(或いは両方)が多いのに、ゆこは常軌を逸した天然ボケを発揮しても、他人には迷惑をかけてないし、好感度の調整という面でも素晴らしい働きをしている。見事なバランス感覚という他ない。

「よふかしのうた」(コトヤマ

「だがしかし」のコトヤマ先生が吸血鬼と中学生とのラブコメ? で復帰。内容は可もなく不可もなくといった感じだが、相変わらず飄々としたキャラクター達の会話劇を中心としたコメディが、「不登校」という設定の持つ暗いイメージを全く引きずらない軽い読み口を実現。時に深夜の真剣(マジ)語りテンションの力を借りつつ、陰に陽にアクセルを踏み替えて作品を自由自在にコントロールする手腕はさすがの一言。

「洗脳執事」(浅山わかび)

年末改編の3作(本作以外は息が詰まりそうなほど哀しみと絶望に満ちた吸血鬼ラブ・サスペンスの「嘘月」、掲載誌間違えたのかと思うようなぶっ飛び方をしているゴリラ卓球ギャグの「PING KONG」)はいずれもサンデーらしからぬ異色作であり、編集部の並々ならぬ気合いを感じるため、何か一言書いておくべきだと思い、取り上げることにした。どれも海の物とも山の物ともつかない段階だが、強いて一作上げるならやはり本作か。「完璧すぎる存在を前に主人公以外はただ言うことを聞くだけの傀儡となり果ててしまう」という設定だけでも十分に異色なのに、メインキャラクターである九鬼の「友達が欲しい」というふわっとした物言いが狂気を引き立てる。当たり前ですが、「操り人形」のことは友達とは言いません。ならばここから導き出せるのは、「洗脳」は「友達」の選別作業であるという明瞭な解釈であり、「洗脳」されていない主人公・苺は、現時点で最有力の「友達」候補だということ。今後の展開とキャラクター同士の関係性の描き方次第では、このマンガは大いに化けるだろう、と思わせるに足る1話です。

週刊少年マガジン

「それでも歩は寄せてくる」(山本崇一朗

Twitterで連載してた(つーか不定期に上げてた)のをマガジンが一本釣り。「徒然チルドレン」と同じパターンですね。内容は、もう、あまーい!!(古い) 1話読んだだけで糖分の過剰摂取! うるし先輩チョロすぎ! そのチョロさに全然便乗しない歩くん律儀すぎ! ああーもう甘くて酸っぱくてサイコーだ!!!!! 小道具に使われている将棋の描写に違和感がなくてしっかりとリスペクトが感じられるのもいいぞ!!

月刊少年マガジン

「恋は世界征服のあとで」(野田宏・若松卓宏)

ありがちな設定ながら安定して面白い。個人的には「デス美」が本名なのがかなりツボ。月刊マガジンの希望の星! ……とショート枠のマンガに言うのもなんだか侘しい感じだが。月マガは既存作品がどれも強いから基本的にはそのままでいいんですよね。ただ「Change!」を打ち切ったのは許さん。

週刊ヤングマガジン

「新・信長公記」(甲斐谷忍

甲斐谷忍ヤンマガで調理したら、うーん、こうなったかーという感じの怪作。戦国武将を現代に召喚したら全員エリートヤンキーになるだろう……というのは言われてみればその通りで、何しろ戦国時代は下剋上、腕っぷしの強さが偉さを決めるのだから、ヤンキーの世界の方が性にあるでしょう。とはいえ、設定のぶっ飛び方もさることながら、ヤンキーがどいつもこいつも賢すぎる。かと思うとヤンキー理論によって合理性とかを超越したメンツと人情で話が動いたりもする。ヤンマガの度量の広さに感謝しつつ、これをヤンキーマンガと呼んでいいものか、という疑問はいつも燻っている。

「レッドカード」(市川マサ)

市川マサの最新作はまさかのサッカーマンガ。基本的にヤンキー高校のサッカー部を立て直す……という路線で進みそうなのだけれど、そうそう簡単にテンプレに行かないのが市川作品。ヤンキー達は荒れてなくて、ただやる気がないだけだし、部室に溜まって煙草吸ったりしない。彼らをまとめる熱血監督は存在しない、ていうか1話で主人公殴って懲戒解雇された。残されたのはチーム作りは素人の一年生主人公とサッカー素人の女教師。はっきり言って、どこに転がるか予測不能。市川先生のスポーツ物描き慣れてないぎこちなさが不安感をさらに煽る。だから、なんでスポーツ物なんだよ……

週刊モーニング

「サイクリーマン」(原田尚)

読切からリニューアルして優しい上司と楽しくサイクリングする路線への変更が当たったのか、はたまた風張さんというスーパーアイドルを手に入れたからか……安定した走行を見せる新進気鋭のスポーツバイクマンガ。主人公のタケはセミプロながら、矢美津部長と風張さんにレベルを合わせて技術的な内容も最低限に。都内を中心にグルメとサイクリングを楽しむ内容は肩肘張らず実に楽しそうで、思わず納屋で埃を被ってたロードバイクを引っ張り出して来たくなってしまうほど。うーん、やっぱり風張さんなんだよなぁ……

「望郷太郎」(山田芳裕

カタストロフィ後日常系と言えば、オタク的にはやはり「少女終末旅行」でしょうか。まあ僕は読んでないので「天国大魔境」としか比較できませんが、それにしたって比較にならない。なにしろこれまで登場した女性がゼロ(正確には1話の太郎妻のミイラだけ)というだけでも本作は特殊。加えて主人公の太郎は財閥の御曹司であり、終末世界を生き残る能力を何一つ持たない状態から物語が始まるのですから相当変わってます。何一つキャッチーな要素がないし、かといって読者が太郎に感情移入していくのも難しい。コールドスリープから目覚めて家族に会うためにユーラシア大陸を横断する……といきなり言われても「待て待て待て」という感じだし、近現代の知識の象徴としてハーブや香辛料の知識が出てくるのも、セレブリティらしさが出ていていい演出なのだけど読んでる方としてはピンと来ない。けれど、妻子の死や「祭り」による生の充足との邂逅、文明の死などを乗り越えて次第に太郎が世紀末の生存者として再構築されていく様子が丁寧に描写されていくのを見ると、確かに、最も「生きること」から離れていたこの男こそが、この旅のスタート地点に相応しかったのだなということが実感される。第二部が待ち遠し……え、第一部完は打ち切りの方便? そんなこと言わないでくれ……

イブニング

「定額制夫の「こづかい万歳」」(吉本浩二

本作の何より好きなところは、「銭闘力」グラフ。

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もうホント、正直読んでて泣けてくるレベルで金がない世の親父たち……。多分部活帰りの中高生より侘しい食事生活を送ってますよ。登場する節約テクのバカバカしさ(当人たちは至って真剣)に一しきり笑ったあと、我に返ると「いったいどうして、こんなことになっちゃったんだろうなぁ」としみじみ、泣きたくなるような……そこまで含めて、楽しんでもらいたいマンガです。

「水溜まりに浮かぶ島」(三部けい

三部けい鳴り物入りの新連載。編集部としても今年の大本命でしょう。「入れ替わりモノ」の流行自体はやや過ぎ去って(そういえば、「僕だけがいない街」もタイムリープモノの流行が終わってからのスタートだったような……)いるなか、定番の「男女」のペアは当然のように外して、片方を利己的で無慈悲な犯罪者とすることでペア間に協力関係が成立しないようにして、仕上げに三部けい特製、家庭問題を抱えた児童をトッピング。無慈悲な犯罪者(見た目は自分=兄)からあらゆる手段を講じて妹を護ろうとする湊(見た目犯罪者)と、自分の金を取り戻すために手段を選ばないであろう、殺し屋黒松(見た目は小学生児童)。いわゆる「入れ替わりモノ」という言葉からは想像もつかないようなクライム・サスペンスが読めるかと思うと、正直もうワクワクしてしまう。いずれ黒松側にも金が必要な切実な事情が明かされるときがくるんだろうなぁ。

月刊アフタヌーン

「ワンダンス」(珈琲)

珈琲先生の新作は吃音の高校生とダンスのマリアージュ。前作(「しったかブリリア」)とはうって変わって全編真面目なトーンで(「登る小寺さん」に近い?)カボの丁寧な努力の一歩一歩を拾っていく描写は職人芸。単なるダンスマンガとしてだけでなく、時々意地悪に見える現実に対して真摯に向き合うこと、その真摯さに報いることの「良さ」が省略されることなく全て載っているのか心地良い。個人的にはダンスナンバーの曲名が全て載っているのもポイント高いです。全部YouTubeで聞けるので、聞きながら読むと「このコマここか!」という感じで倍楽しいです。

月刊少年シリウス

ポンコツ風紀委員とスカート丈が不適切なJKの話」(横田卓馬

横田卓馬の新連載は凸凹コンビの甘さ控え目ラブコメ。タイトルには偽りありというか、ポンコツ風紀委員は本当にポンコツだが、JKのスカート丈はそこまで不適切でもない。むしろ名前の方が不適切なのでは……? 回を追うごとにポエちゃんの生真面目っぷりというか、いい家庭の出身っぷりが明らかになってきており、典型的な「ちょっと高校デビューしちゃった女の子」と「バカマジメ男子」の組み合わせは、まあ、なにしろいいものだ。ポエちゃんにはこのまま延々苦労してもらいましょう。

「時間停止勇者」(光永康則

光永康則が「妖怪王女」の片手間に書いてるなろうパロディ(ゴツい偏見)。一言で説明すればとても面白いようには思えないが……悔しい(?)ことに面白い。セカイが時間止めるごとにパンツを覗くからだろうか? それ以外でオリジナルに近い要素があまりないのだけど……。本作は、場面転換が非常に思い切りよく、テンポの良さが最大の特徴であろう。「時間停止」によってチートする勇者である以上、他の一般人の体感時間に比べてセカイ本人は非常に長い時間を過ごすことになるが、「時間停止」中の出来事は極力描写しないことで展開の間延びを避け、さっくりとして読後感に仕上げられている。もっとも、ただ「時間停止」中のチート=地道な努力を丸々省くだけでは、読者の視点は他の一般人と同じになってしまい、セカイ視点で物語を読むのに支障を生じる。その解答として光永先生が採用したのが、「時間停止中にいちいちパンツを除いたり胸を揉んだりするセクハラ勇者」だった、ということなのではないか。要するに時間停止AVのパロディを突っ込むことで、展開を間延びさせることなく、読者に時間停止のチート全能感だけを追体験してもらおうということである。……考え過ぎかな?

少年マガジンエッジ

江戸前エルフ」(樋口彰彦)

最近のエルフブーム(といっても講談社のマンガにだけ来てるブームだけど)に乗っかって、「逆に異世界のエルフが江戸時代に転生してたらどうなっているのか?」を思考実験してみた、という風体のマンガ。メインストーリーはただただ引きこもりエルフに振り回される(ちおうほどでもないが)巫女JK主体のコメディではあるが、背景設定は「江戸時代に長命な異種族が現れたら当然神格化されて祀られるだろう」「ご神体=エルフ本人が死なない限り、なんだかんだで神社の伝統は続くだろうけど、なにしろ実在の人間(ではないけど)だから氏子との距離感はかなりフランク」「実在の生物なので体調を崩したり機嫌が悪かったり人間くさいところも沢山あるけど回りの人間はそこは割り切っている」とか、考えてみればそれらしくなるようちゃんと練られていることが分かる。もちろん「設定が面白ければなんでもいい」というわけではないが(たとえばこのマンガ、神職が全然登場しないが、よく考えてみるとそれはおかしい)、エルダのうざかわいさ、小糸の小気味良いツッコミ、そしてなによりエルダの生活感の高さを通して全体的に漂う「こんな神社いかにもありそう」感が上手く絡み合い、マンガとして絶妙な読みやすさに仕上がっている。

最後に

本年一年、乱文を読んでくださった方には感謝申し上げます。ありがとうございました。

来年もまた、変わらぬご愛顧を賜われましたら、幸いに存じます。

良いお年を。